遺族の遺言 その12
本間 尚代
英霊を忘れてしまった靖國神社
去る2月1日靖國神社から帰宅すると令和3年2月号の会報(神社の社報)が届いていました。開けてビックリ、驚きました。天皇、皇后両陛下御写真額普及協力会のご案内と、立派なパンフレットが同封されておりました。読んで見ると、御洋装普及版、普及協力金、1万2千円と振込用紙がついているのです。お問い合わせ、御写真額普及協会、東京都目黒区青葉台、日本会議内と、携帯電話の番号と、ファックス番号が書かれています。事務所には固定電話も設置されているのに、なぜ携帯番号でお金集めをするのか疑問に思ってパンフレットを眺めていると、同日会報を受け取った遺族の仲間から次々と電話がありました。みな一様に「平成の御代、英霊と遺族がどれほど、天皇陛下の御親拝をお待ちしていたことか、神社では知らない筈もなし、随分心無い」、「天皇陛下は御即位の後、上皇陛下のなさったことを踏襲されるとおっしゃられたのです。今後とも御親拝を仰ぐことはないのではと思われる両陛下の御写真を掲げ、皇室敬慕のこころを伝えましょうというパンフレットを、どうして靖國神社では会報と一緒に配らなくてはならないの」、と言うのです。
真の日本人なら皇室敬慕、天皇陛下崇敬は至極当りまえと思っているのです。御創建下さった明治天皇は、御祭神を忘れてしまっている靖國神社にこそ問題があると嘆きに嘆かれておられることと思います。2月2日私はパンフレットに書かれている日本会議の携帯と、公益財団法人文化交隆財団に電話をかけました。平成の御代、靖國神社に、天皇陛下の御親拝はいただけず、英霊も、遺族も心からお待ち申上げていた事を御存じですかと尋ねてみました。どちらの電話でも知りませんでしたと答えました。そして私の疑問は拡がったのです。次の日、日本会議の固定電話に掛けると男性が受けて下さったので、どうして携帯電話を問い合わせ先とされたのですか、振込用紙が入っている場合、普通は携帯は書かないのではと聞きますと、「うちでやっているのは間違いないのですが、色々と事情がありまして」と言われました。靖國神社の責任役員の崇敬者総代は三好さんで、日本会議の元会長でもいらっしゃいましたから、三好さんも関っていらっしゃるのですかと伺いますと、「いやーそれは」と言葉を濁されます。
4、5年前からになりますか、会報(神社の社報)の発送は、業者から私どもへ送られて来るのです。仲間の1人が神社にパンフレットのことで聞くと電話口の女性は「分かりません」と答えたそうです。業者が発送するのですから知らなかったのでしょう。どなたかが日本会議から頼まれて、直接業者に届け、発送すればどうにでも出来るのです。私の推測が外れていることを願うのですが、仲間の1人は、「7千2百名の名前の誤記と同じように英霊が何かを訴えているのでは」と言うのです。
私は宮内庁に電話を掛けてみました。お早うございますと挨拶をしているのにそれには答えず、一方的にすごい剣幕でまくし立てられました。年寄りで難聴の私には何を言われているのか分かりませんので、「もう少しゆっくりと話していただけませんか」と頼んで私は、パンフレットのことで少しお尋ねしたいことがあるのですと言うと、また「ギャー、ギャァ」言っていましたが、男性に代りました。私は靖國神社崇敬奉賛会の会員で遺族であること、2月号の会報の中に、天皇、皇后両陛下の額入り写真の普及にご協力下さいと振込用紙の入って来たことを掻い摘んで話しますと、「聞いていません」と言われるのです。「そう言うお話は総務部と秘書課で扱うのです。御面倒でもそのパンフレットを送っていただけませんか、私、秘書課の森山宛にお願い致します」と言われましたので、すぐに送りました。そして私は、天皇陛下の御写真の普及に協力金とは畏れ多いことと思いながら、昭和天皇のことも思い出しました。
昭和天皇が崩御されて間もなくのこと、「昭和神宮建立の為」と何ヶ所かで寄付を集め始めました。その内、昭和記念館建設の寄付も始まったのです。どちらも靖國神社の外苑で何組かが来て呼び掛けていたのです。その頃の私は「英霊にこたえる会」の手伝いで、毎週土、日曜は靖國神社第二鳥居の横で「国立追悼施設反対」の署名を集めておりました。神宮建立も、記念館建設のことも、2、3年だったのか、4、5年続いたのか記憶が定かではありませんが、いつの間にか立ち消えになったようです。私は昭和天皇に申訳けないことと何かにつけ、今でも心が痛むのです。このパンフレットもそう言うたぐいでなければ良いがと気に掛り、失礼をかえりみず申し上げましたと電話を置きました。それにしましても最初の女性の電話には驚きました。役所でも、会社でも最初の電話での応待はそこの顔なので、大切にと教えられて来た私はビックリしたのです。日頃どんな電話が掛るのかは存じませんが、相手の話を聞いた上で怒ったり怒鳴ったりすれば良いのに、朝から御自分も気分が悪かったのではと同情しました。
さらに、靖國神社の英霊商売。
会報の中に頒布品として、靖國神社オリジナルマスクの白と紺また、桜と白鳩のプリントを見て英霊商売も、とうとうここまできたのかと笑いました。そしてお正月から千円で売っているよと参拝者から聞かされました。さらにオンライン頒布のご案内を見たとき、目が点になりました。何と零戦タンブラーです。零戦の所属番号、製造番号を刻印した遊就館オリジナル製品ですと、得々としている様子が伺えて、怒りがこみ上げると同時に、情けなくなりました。所属番号が刻印してあると言うことは、操縦者も特定出来ることでしょうから、遺族が御存命でいらしたらと思うと堪らない気持ちです。零戦は九死に一生ならぬ、十死に十死の搭乗員が操縦し、散って逝かれたのです。世田谷の特攻観音堂の山主様が例大祭や月次祭の折に伺ったときに、十死に十死のことは教えていただいております。靖國神社では一応、英霊たちを御祭神と祀りながら、他方では金儲けに利用するのですから、心ないどころか人非人です。会報をきちんと読んだ人は靖國神社の英霊商売に怒り、会員でない人にも、零戦タンブラーのことを話すと、そんなのを買う奴は日本人ではないと海軍ファンの若者たちが憤慨していると聞きました。
正しい歴史を勉強している若者たちに感謝するとともに頼もしく思います。それに引きかえ靖國神社は、どなたをお祀りしている神社か本当に知らないらしい。よくも次々と色々な物を商品として考えるものと感心もしますが、マスクやタンブラーを考えた神職には転職を促すべきでしょう。きっと商才を発揮して成功するのでは?
靖國神社に奉職する限り、神職として立派に人格を磨き、多くの遺族、崇敬者にさすがにと認められる努力、勉強が第一でしょう。崇敬奉賛会の会員も、英霊の直系の遺族のまだ全体の半数以上が、神社を支えていると思います。神社の心ない仕打ちに多勢の遺族は怒るより呆れて、神社離れをするのです。かてて加えて何でもカネ、金にしようと考えるのは浅ましくて大変見苦しいことです。編集会議もあるでしょうに誰れも気付く神職がいないとは情けない限りではないでしょうか。
いつまでも英霊を商売に利用することしか考えない神職は、「恥」ということすら思うことはないのでしょう。遺族にとって英霊はただ、ただ感謝を捧げる御祭神にましますのです。英霊はすべてお見通し、必ずや神罰が下るのであろうと私は信じています。特に零戦タンブラーの発案者には神忠に殉じた若き英霊たちが鉄槌を下すに違いないと信じています。今月号の会報の中の『共同体・愛は人類社会に普遍のものだ』の松元直歳先生の冒頭に掲げられた、一戦争未亡人の歌は心に残ります。
がくばかりみにくき国となりたれば
捧げし人のただに惜しまる
この歌とともに山口多聞中将の歌が私の心に刻まれています。宗敏さんが誕生して2日目にお母さんは亡くなられました。
すくすくと忘れがたみは生ひたちぬ
み空のきみもみそなはしてよ
遺族名 山口宗敏
未亡人ばかりではなく、私たち遺児と呼ばれてきた者も同じ思いを共にしていると記憶しているのです。
この歌を拝借して今は、こう詠まざるを得ません。
かくばかりみにくき社となりたれば
捧げし父のただに惜しまる
私たち仲間共通の心境です。皆んなからの声を代表して綴ってみました。
(令和3年2月5日記)
izokunoyuigon
honma takayo
vol.12
