2023/06/20 分分夜話を更新しました。
2022/012/13 遺族の遺言 その17を公開しました。
弟橘比賣命
『古事記』には倭建命の后として、走水(浦賀水道)での捨身捨生の伝えを記しています。
走水の海を渡りたまひし時、その渡の神、浪を興して、船を廻らして得進み渡りたまはざりき。ここにその后、名は弟橘比賣命白したまひしく、「妾、御子に易りて海の中に入らむ。御子は遣はさえし政を遂げて覆奏したまふべし。」とまをして、海に入りたまはむとする時に、菅畳八重、皮畳八重、絁畳八重を波の上に敷きて、その上に下り坐しき。ここにその暴浪自ら伏ぎて、御船得進みき。ここにその后歌ひたまひしく、
さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の
火 中に立ちて 問ひし君はもとうたひたまひき。故、七日の後、その后の御櫛海辺によりき。すなはちその櫛を取りて、御陵を作りて治め置きき。
『日本書紀』にも同様の記事があり、引用文中「御子」とあるのは、景行天皇の皇子、日本武尊のことです。八重畳は海神への奉物です。外来の思想、宗教に影響されなかったころの日本人の捨身捨生の倫理観が偲ばれます。
原画は神宮徴古館所蔵の國史絵画中のもので 、伊東深水画伯の筆になるものです。この模写絵は日本画家、平賀笙園女史のすぐれた筆力によって、新たな息吹を感じさせるものとなっています。(個人蔵)



