分分夜話 第3話
無動 来西
人権を見捨てる時代から反転できるか
(2)未来が植民地
100歳の長寿社会がやって来たと喧伝されますが、100年後のわが国の子孫たちの未来の安心をわれわれは本当に育んでいるでしょうか。むしろ何の用意もしていないのではないかと思われます。
最大の負の要因は2つ。1つは原子力発電による長期間にわたる放射能汚染。原発の稼働(運転)期間はおおよそ30年ほどと言われますが、稼働が終了したのち、放射能の管理のためにわれわれはいかなる準備や対策を計画しているでしょうか。
原発はウランの精製から発電所の建設まで石油を使って電力を取り出すだけのシステムであるばかりか、稼働が終ったあとの低レベル、高レベルの放射能を超長期間管理するためにも石油に頼るしかすべはありません。5千年や1万年と言われる管理期間に費やされる石油は天文学的数量になるでしょうが、われわれはその保証を何もしていません。つまり、原発がなければ、百年後、千年後の子孫たちが受けることのできる富を奪っているのです。われわれは子孫の未来を見捨てることによって、刹那的な豊かさを享受しているとも言えます。また、太陽光発電や風力発電なども石油を使わなければ製造運転できないので、クリーンというのは運転中の姿のイメージにすぎません。それらが温暖化対策にはなり得ないことを科学者は石油の投入量を計算して示すべきです。
最大の負の要因の2つは国債。それは国家が発行する債券を国民が購入して、国(政府)の借金を支えるものですが、現在、国の借金はおよそ1062兆円を超え、国民1人あたりおよそ837万円の借金となっています。現在の国の支出予算(歳出)およそ97兆円のうち国債(借金)償還のために23兆円あまりをあてます。支出の4分の1が借金返済にあてられますが、毎年この状況は深刻さを増すばかりで、負のトレンドを好転させるためには想像すらできない好景気を期待するということになります。つまるところ、いつの日か子孫たちがこの恐ろしい借金を返済してくれると空想するか、あるいは返済の義務を子孫たちに強制的に負わせるか、2つしか方法はありません。子孫たちが、未来で受け取れるはずの富をわれわれは食いつぶしているのです。未来の子孫たちの怨嗟の声が聞こえないことをよいことにし、遠い未来を生きねばならない子孫たちを見捨てるところに、現代の豊かさが築かれています。
放射能を手づかみできぬ科学者の罪をこそ問へ、改元の日に
近代はつひに、未来を搾取する文明に堕ちきと知るが国債
歌集『走錨の令和』(梅田出版)より
放射能汚染の最たるものは、メルトダウン(原子炉の炉心が溶解すること)であり、事故やミサイルの攻撃によってどれほど大きな汚染を超長期間惹き起こすか、科学者は実験していません。また、原発を運転するまでに要した石油だけではなく、5千年1万年と管理するための石油の用意を誰もしていないのは、そのもとになる科学的推算がないからです。
国債という名の子孫からの借金に痛みを感じないところに、原発容認と同じく、数えることもできない無数の子孫を見捨ててかえりみない現代があります。
電気事業法によって、高額の設備投資をすれば、電気料金を値上げし、電力会社はもうかるゆえに原発を北海道から九州まで令和元年現在で62基作られてきました。これらを将来事故を起こすことなく管理するためにどれほどの石油が必要か、科学者は答えるべきです。経費をお金で計算するのは保管があまりの長期間にわたるので不可能ですが、石油の量で答えを出し、その炭酸ガスはどれほどの量に昇るのか、これは試算加能なので、早急に教えてほしいところです。見(まみ)えることのかなわない多くの子孫たちのために。
原発も国債も未来の富を奪うことは共通していますが、どうしてこれほどまでに利己的、刹那的豊かさを求めるようになったのでしょうか。かつてはこの考え方を植民地主義と批判しましたように、未来を植民地にする文明が、現在の石油文明なのでしょうか。
(令和元年12月15日記)
funpun・yawa
mudou raisei
vol.3
